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2013年9月 6日 (金)

松井秀喜 その野球人生9

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2013年8月7日 朝日新聞


  伝説


「野球人生を送るうえで、とてつもなく大きな意味を持つ出来事だった。あれだけ
問題になったことで、全国の人たちに知られた。松井秀喜の名前もそうだけれど、
5打席も連続で敬遠された打者としてね」

1992年8月16日。阪神甲子園球場で行われた全国高校野球選手権大会2回戦
の明徳義塾(高知)戦。星稜(石川)の4番打者は5打席連続敬遠され、高校最後
の夏の幕を閉じた。
平成の怪物スラッガーのサクセスストーリーが始まった試合でもあった。

「プロに行って鳴かず飛ばずだった場合、『なんだ、勝負していても勝てたんじゃ
ない』と思われてしまう。あそこで敬遠された打者としての実力を証明しなければ
いけないと思っていた。もちろん、いつもじゃない。でも潜在意識のどこかには、
ずっとあった」

走者がいない場面でさえ敬遠された。球場が騒然とするなか、18歳の若者が冷
静にバットを置いて一塁へ走る姿は、ファンを感動させた。

「何で怒らなかったの、と聞かれるけれども、それは、敬遠を経験したことのない
人の言葉。基本的には相手投手に恐れられていることなので、悪い気持ちでは
ない。ただ、あの試合では、全ての球でタイミングを取った。体に近い球が来たら、
打とうと思った」

高校野球は教育か、勝負かという論争が渦巻いた。

「結論は出ないと思う。優勝旗を目指してチームが一丸となって戦うわけだし、作
戦としてはある。ただ、開会式で出場選手全員が集い『正々堂々と戦い』と宣言
して、幕を開ける大会なわけでしょ。両面があると言えばあるんじゃないかな」

学生野球への思い入れは強い。子供のころは、どちらかと言えばプロ選手にな
るイメージの方がなかったという。

「星稜高校へ進学したのは、野球で大学へ行きたかったから。父親に相談した
ら、その方がいいんじゃないかと。プロのスカウトの人が見に来てくれて、初めて
『なんだ、俺、注目されてんだ』と思って、その気になっていった。本当は大学で
野球をやりたかった」

「高校野球は、野球をやっている少年たちにとって、一番身近な存在。近所の
お兄さんが、テレビに映るんだから。日本の夏の風物詩になっている。高校生
の野球が全国放送されている国なんて、他にないんじゃない。すごいことだと
思う」

プロ野球だけにとどまらず、日本野球界全体の発展を願うからこその言葉だ。

「まだ、高校生は子供。指導者がどういう方向に導いてあげるかが、大切だと
思う。難しいかもしれないけれども、プロに行ける素材なのか、大学や高校まで
の選手なのか。見極めてあげることも大事になる。あと、頭と心を鍛えるのも、
学生野球では重要なこと」

思春期に没頭したスポーツが、人生の道を開く。自ら巨人に指名され、そこで
長嶋茂雄監督と出会った。

「長嶋さんも、僕が選抜大会で打ったホームランを見られて、ドラフト指名を決め
ていただいたらしい。いい仲間にも恵まれていたし、甲子園が原点と言えば原
点なのかもしれない」

ユニホームを脱ぎ、バットを置いた。5打席連続敬遠で有名になった打者は、
どこへ向かうのか。

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