« 松井秀喜 その野球人生3 | トップページ | イチロー 日米通算4000安打 »

2013年8月21日 (水)

松井秀喜 トークイベント

130821

2013年8月21日 朝日新聞


  「 甲子園は永遠に 」
   ~ 松井秀喜さんトークイベント ~
 

プロ野球の巨人や大リーグのヤンキースなどで活躍した松井秀喜さん(39)に
とって、甲子園は特別な場所だった。7日に大阪市のABCホールで開かれた
トークイベント「甲子園は永遠に」(朝日新聞社主催、朝日放送特別協力)で、
星陵高(石川)時代に出場した甲子園など、高校野球への思いを語った。
司会は、朝日放送アナウンサーの楠淳生さん。


 -甲子園には春夏合わせて4度出場しています。当時はどんな思いでプレー
していましたか。

「子供のころから甲子園は、夢の舞台でした。そこで全力プレーしようと、ただ
それだけでした。高校時代の映像を見ると、自分じゃないみたいですね。当時
は感情がストレートに表に出ていたと思います。やっぱり高校生ですね」

 -1年生の夏に始めて甲子園の舞台を踏んでいます。そのときの気持ちは。

「最初の打席は足が震えていました。漫画『ドカベン』が好きなんですけど、同
じ舞台に立っているというだけで緊張しました。1年生のときは、気がついたら
試合が終わっていた」

 -甲子園で計4本塁打。記憶に強く残っている打撃などはありますか。

「2年夏の初本塁打ですね。すごくうれしかったですし、その後の自信にもなり
ました。3年春の選抜で2打席連続のホームランを放っていますが、あの試合
は開会式直後だったので、自分の実力以上のものが出たのでは、と思います」

 -ファンの記憶に残るのは、(1992年夏の)明徳義塾(高知)戦の5打席連続
の敬遠四球ですが。

「今振り返れば、いい思い出です。打って有名になったわけではないですから
、『どこかで自分の力を証明しなければいけない』という気持ちがありました。
それがエネルギーになり、その後の頑張る力になったのは間違いないです」

「我々の高校の目標は甲子園ですが、大事なのは高校野球を3年間やって、
そこで学んだことをどう生かしていくか、ということだと思います」

 -1年生からレギュラー。強豪・星陵高の中心選手として、意識していたこと
はありましたか。

「(当時監督だった)山下智茂先生から、心に訴えてくる言葉をたくさんいただき
ました。1年生のときは『石川県で1番のバッターを目指せ』。2年生で『北信越
で一番』、3年生のときは『日本一のバッターを目指せ』と言われ、そうなりたい
と思ったし、自分なりの努力をしました」

 -うまくなるのには、魔法のような近道はない?

「限られた時間の中で、どんな練習をするかで、差が出てくる。当時の高校に
ナイター設備がなかったので、日が暮れる前に練習が終わっていた。家に帰っ
てから素振りやボールを打ったりとか、毎日していた」

 -高校時代、「自分の中で何かが変わった」という時期はありましたか。

「1年生の秋、北信越大会で松商学園(長野)に敗れ、翌春の選抜大会出場を
逃しました。僕が打てずに負けた試合。責任を感じましたが、それがエネルギー
になった。もう1回気持ちを入れ替えて練習に取り組もう、と思いました」

「石川県は冬は雪が降って、練習はほとんど外では出来ない。11月から翌年
の3月ぐらいまで室内での練習でした。その時期に、自分の体と心を鍛えた。
4月になったときに、成長できたかな、と思いました。

 -野球以外で学んだことはありますか。

「あいさつです。同級生に対しても最低限の礼儀はあります。社会に出ても
恥ずかしくないようなマナーを学びました」

 -昨季限りで引退。ご自身の野球人生はいかがでしたか。

「巨人でもメジャーでも、素晴らしいチームと指導者に恵まれて、『なんで、こんな
幸せだったんだろう』というくらいです。(2003年の)ヤンキースタジアムの本拠
開幕戦でのメジャー初本塁打は、前のバッターが敬遠された後に打てた。満塁
で僕に回ってきて、運良く本塁打。あのときは、僕だけの力じゃない、何かが
働いたんじゃないかと感じましたね」

「すべてが、少年時代からの気持ちの延長線上にあります。『野球が好き』という
気持ちは、子どものときから現在まで、つながっています」

 -野球少年たちにメッセージをお願いします。

「野球を続けていく上で大事にしてほしいのは、野球を愛する気持ち。それが
あればチームの中で大変なことがあっても乗り越えていける。仲間と大事な時
間を過ごして、人間的にも成長しながら、甲子園を目指してがんばってほしい」

星陵高の同級生でチームメートだった朝日新聞スポーツ部の福角元伸記者も
ゲストとして参加した。

福角 松井選手とは、入学直後の練習で初めて出会いました。「でかい奴が
    いるなあ」と。打撃練習で、僕がいいライナーを打って気分よくなっていた
    ら、松井選手の初球はバックスクリーンを越えていった。「えっ!」って。

松井 あのとき初めて硬式を打ったんですよ。僕ね、そのとき「硬式ってこんなに
    飛ぶんだ」と思った。冗談抜きで。

福角 松井選手は「自分がこれだけ飛ばすから、先輩はどれだけ飛ばすんだろ
    う」って。

楠  松井さんにスランプはなかったんですか。

福角 打ち損じがヒットっていう感じが多かった。彼のゴロはすごかった。僕は
    一塁手でしたが、打球の回転がすごくてミットに収まらなかった。その
    まま上がってきて、あごに当たりましたよ。

松井 (一塁手を)狙いやすかった(笑)。

楠  甲子園での松井さんの5連続敬遠。ベンチはどんな感じでした。

福角 松井選手が敬遠されても、最初は「誰かがなんとかするだろう」という雰
    囲気でしたが、回が進むごとに「やばいぞ、やばいぞ」って。最後は慌て
    ふためいていました。

松井 松井秀喜に依存しすぎていたってことですよね。それは良くない。

楠  今だから言えることですよ(笑)。全部敬遠されると思いましたか。

松井 3打席目で思いました。1死1塁で敬遠されたので「勝負はないかも」と。
    でも、仲間を信じていました。

福角 彼は声は出さずに、実力で引っ張るタイプですが、あの試合は声を
    すごく出していたのを覚えています。

(構成・井上翔太)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

個人的に、松井秀喜さんの講演会やトークイベントがあれば、是非参加して
みたいと思っています。
今回の記事の中にも、野球少年たちへのメッセージや、高校時代のエピソード
など、興味深い内容がたくさんありました。

松井さんの今後の活動に、とても期待しています。

あと、すでにこのブログに3回分を掲載した「松井秀喜 その野球人生」は朝日
新聞に10日連続で掲載された記事ですので、10回分フルに掲載します。

|

« 松井秀喜 その野球人生3 | トップページ | イチロー 日米通算4000安打 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/54732/58036261

この記事へのトラックバック一覧です: 松井秀喜 トークイベント:

« 松井秀喜 その野球人生3 | トップページ | イチロー 日米通算4000安打 »